こんにちは。

悠太(ゆうた)です^^


さて、この記事を読んでいるということは
既にテントさんの身に何が起きたのか
ご存知の方が大半だと思われます


Yahoo!ニュース


こういった記事内容を見て、
テントさんのことを知りたいと思った方が
僕の記事を読まれていると予想致します。


今回は悲劇ともいうべき事件がその身に起きた
テントさんの経歴などについて書いていきたいと思います。

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プロフィール


本名:三浦得生(みうらとくお)
芸名:テント
旧芸名:大空テント
生年月日:1951年5月16日
事務所:吉本興業



経歴


年間約50日ほどしか働かず、滅多に表舞台に姿を
現さないことから「ツチノコ芸人」の異名をとる
異色の芸人でした。


近畿大学附属高等学校卒業後
1970年に川上のぼる門下になり、
その後1973年に松竹芸能の漫才教室に入ります。


あの明石家さんまさんも年に数回はテントさんの芸を
真似するほど「芸が面白い」と言われています。


代表芸には「人間パチンコ」や「クモの決闘」と呼ばれる
右手と左手を生きたクモのようにして戦わせる芸が
あります。




「いちいち説明しませんよ、義務教育やないねんから」

など、数々の名台詞を世に残しました。


関西大阪で大人気?


テントさんは関西を中心に芸能活動を行っていました。


そのため、関東圏では知名度はお世辞にも高いとは言えませんが
関西圏では最早知らぬ者はいないと思われるほどの人気です。


もともと「ギャグが滑るさま」が笑いを誘うというタイプであり、
「テントさんの芸が面白い」ということではなかったようです。


「テントさんが芸をしているところが面白い」という、
一種のカルト的な人気を持つ芸人だったと言われています^^


90年代の終わりごろから口コミで話題になるようになり、
一時期は小ホールなどで行なう彼のライブのチケットは即完売し、
手に入りにくいという状況になったこともあるそうです。


一部の関係者曰く、テントさんの芸のセンスは、
天下のダウンタウン・松本人志さんに通ずるものが
あるといわれるほど評価が高いそうです!


松本さんよりも大先輩ですが、
彼に匹敵する才能を持ってるって並の芸人では、
ありませんよ。


それは人気も出ますよね^^

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師匠は上岡龍太郎?


テントさんの師匠は伝説の漫才師である、
上岡龍太郎さんです。


上岡さんは漫才師でありながら番組の司会や俳優業もこなす
マルチな活躍をされた素晴らしい方です。


テントさんは偉大な先輩の元に
1981年に弟子入りを果たします。


同年、漫才コンビ星空まあちと「テント・シート」を結成、
解散後は幸つくると「大空テント・幸つくる」を結成し、
NHK上方漫才コンテストで優秀賞を受賞をします。


一躍脚光を浴びたが、数年後に解散。


ヤマトと「ざっと31」を結成も解散し、
その後ピン芸人として活動を開始します。


テントさんの独創的でありつつ、抜きんでた芸の才能を
認めていた上岡さんは彼をこんな風に評価しています。

「出てくるのがあと10年早かった」

これは相当な褒め言葉だと思いますよ^^


こんな言葉を師匠から言われるなんて
内心は複雑だったかもしれませんが
嬉しかったと思います。


そこから「21世紀型芸人」の異名を持つなど
目覚ましい活躍をされることとなりました。


まとめ


稀代の天才漫才師の身に起こったことを考えると
本当に残念でならないです。


まだまだこれからも活躍できる人だったと
思います。


心よりご冥福をお祈り申し上げます。